高校駅伝の鉄剤注射にまつわる各種反応

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高校駅伝での鉄剤注射にまつわる動き
2018年12月に入って、高校駅伝における鉄剤注射に関するニュースをたびたび目にするようになりました。
この問題はスポーツ選手の栄養摂取とも関係してくるので、それも絡めると急に出てきた話でもないとも言えます。
私自身は、週に何度かひとりでランニングする程度の趣味ランナーであり、高校時代に陸上部だったとか駅伝に取り組んでいたということではなく、また現在にそういう関係の仕事をしているわけではないので、あくまで一個人としての考え方であると前置きしておきます。
また、成長期にある子どもや妊娠している女性など、鉄欠乏性貧血の治療に用いる経口鉄剤の内服や非経口鉄剤の注射は、医師の診断によって行われる医療行為でもあるため、鉄剤そのものは適切に使用することは問題ないこともあらかじめ断っておきます。
日本陸連栄養セミナー2016、アスリートの貧血対処7か条
まず、日本陸上競技連盟(日本陸連)は、2016年4月10日に開催した日本陸連栄養セミナー2016 「陸上選手の貧血について考える」で、「アスリートの貧血対処7か条」を公表しています。
この「アスリートの貧血対処7か条」は、PDFデータで公開(Aパターン・Bパターン)されており、次の7つが掲げられています。
- 食事で適切に鉄分を摂取
- 質・量ともにしっかりとした食事で、1日あたり15~18mgの鉄分を摂れます。普段から鉄分の多い食品を積極的に食べましょう。
- 鉄分の摂りすぎに注意
- 鉄分を摂りすぎると、体に害になることがあります。1日あたりの鉄分の耐容上限量は男性50mg、女性40mgです。鉄分サプリメントを摂りすぎると、この量を超えますので、注意しましょう。
- 定期的な血液検査で状態を確認
- 年に3~4回は血液検査を受けて、自分のヘモグロビン、鉄、フェリチンの値を知っておきましょう。フェリチンは体に蓄えられた鉄分量を反映するたんぱく質で、鉄欠乏状態で最も早く低下する敏感な指標です。ヘモグロビン値は最後に低下しますので、貧血では体の鉄分量は極度に減っています。
- 疲れやすい、動けないなどの症状は医師に相談
- 疲れやすくパフォーマンスが低下する時は、鉄欠乏状態や貧血かもしれません。早めに医師に相談しましょう。
- 貧血の治療は医師と共に
- 鉄欠乏性貧血の治療の基本は飲み薬です。医師に処方してもらいます。ヘモグロビン値が正常に回復してからも3ヶ月間は続けましょう。
- 治療とともに原因を検索
- 鉄欠乏性貧血には原因が必ずあります。治療を受けるだけではなく、消化器系、婦人科系、腎泌尿器系などの検査を受けましょう。
- 安易な鉄剤注射は体調悪化の元
- 鉄剤注射は投与量が多くなりがちで、鉄が肝臓、心臓、膵臓、甲状腺、内分泌臓器や中枢神経などに沈着し、機能障害を起こすことがあります。体調不良とかパフォーマンスが思い通りでない、といった理由で、鉄剤注射を受けることはもってのほかです。鉄剤投与が注射でなければならないのは、貧血が重症かつ緊急の場合や鉄剤の内服ができない場合です。
これらはどれも重要なことが書かれていますが、その中でも今回の話題に特に関連するところを強調して引用しています。
なお、7か条の中では「1日あたりの鉄分の耐容上限量は男性50mg、女性40mg」とされていますが、同セミナーの中で真鍋知宏医事委員は1日あたり体重1kgあたり0.8mg
と述べています。7か条の男性は体重62.5kg、女性は体重50kgという計算になるので、それらの体重から大きく乖離する方は、真鍋委員が述べている計算式の方で考えましょう。
山本佳奈医師による日本陸連栄養セミナー2016への反応
先のセミナーに対して、医師である山本佳奈氏は、Vol.123 貧血大国日本で鉄の過剰摂取を警告する不思議 | MRIC by 医療ガバナンス学会にて、日本陸連がアスリートの貧血に対して警鐘を鳴らしていることは大切な指摘である
と前置いた上で、次のように述べています。
スポーツ選手は、貧血に陥りやすい条件が揃っている。もちろん、選手だけではない。日常生活に運動を取り入れている人にも同様なことは起こり得る。
だが、女性のスポーツ選手は、男性のスポーツ選手に比べて事態は深刻だ。女性は、月経による血液の喪失があるため、一般的に女性は貧血になりやすい。それにスポーツが加われば、鉄の必要量は増え、重度の貧血に陥りやすくなる。
また、成長期のスポーツ選手も貧血になりやすい。骨格の形成や筋肉量の増加といった成長において、鉄が必要とされるからだ。
引用では詳細な部分は省略していますが、スポーツ選手または日常的に運動を行う人は、そうでない人よりも貧血になりやすく、そして男性よりも女性は更に貧血になりやすいという点を、理由を添えて解説しています。
その上で、鉄剤の注射については
こうした治療の流れは、医者が個人の状況に合わせ、決定していく。副作用の出現には個人差が大きいからだ。
ここで私が声を大にして言いたいのは、決して鉄剤の注射が悪いということではない、ということだ。
貧血は病気であり、鉄剤注射はドーピングではない。スポーツ選手に限らず、やはり鉄剤の内服による副作用である吐き気がひどく、内服できない人は多い。そんな人に鉄剤の注射は危険だから、内服しろというのは酷でしかない。
のように述べ、
スポーツ選手に限らず、日頃運動をする人、女性、妊婦、そして多くの日本人にとっても貧血は大きな問題となっている。鉄の過剰を危惧する前に、まず貧血について正しく知り、貧血改善に取り組むことの重要性を理解すべきなのではないだろうか。
と締めくくっています。
女性アスリート健康支援委員会「アスリートと貧血 医師が教えるアスリートの健康情報」
日本陸連栄養セミナー2016よりも先に作成されたものですが、一般社団法人 女性アスリート健康支援委員会が、啓発資料としてアスリートと貧血 医師が教えるアスリートの健康情報を作成しています。
この資料の5ページ「貧血の治療」では、
鉄欠乏性貧血の治療の主体は鉄剤(増血剤)の服用で、食生活の改善で再発を予防します。 軽度の貧血なら強度を落としてトレーニングを続けてもかまいませんが、日常生活で症状がある場合はトレーニングを中止します。 そして、服薬で鉄を補給し、食生活を見直します。
と、日常生活でも症状が現れている場合はトレーニングの中止を促し、
貧血は軽度であっても貯蔵鉄量が枯渇している状態ですから、食事療法だけで貯蔵鉄量を回復させるには長期間かかるため、鉄剤による鉄補給は不可欠です。鉄剤を服用しても回復が悪い場合、貧血を繰り返す場合は、消化管出血などの検査が必要です。
貯蔵鉄量の回復には長期間かかること、そして
鉄剤の注射が行われることがありますが、即効性を求めて注射を続けることは危険です。 鉄剤注射を繰り返すと鉄過剰となり、肝臓障害などを起こすことがあります。 鉄剤は経口投与が基本であり、鉄剤注射は医師が必要と判断した場合のみ受けるもので、安易な回復手段として考えてはいけません。
と述べられています。
ここまでのまとめ
ここまでに紹介、引用した内容をまとめてみましょう。
日本陸連、山本医師、女性アスリート健康支援委員会ともに、貧血について啓蒙・啓発しようとしている姿勢は同じものです。
鉄剤の注射についても、日本陸連は「貧血が重症かつ緊急の場合や鉄剤の内服ができない場合」、山本医師は「医者が個人の状況に合わせ、決定していく。鉄剤の内服による副作用である吐き気がひどく、内服できない人は多い」、女性アスリート健康支援委員会は「鉄剤注射は医師が必要と判断した場合に行う」と、一律に禁止ということは主張していません。
中村ゆきつぐ医師による反応
ここで、医師による反応をもう一つ紹介します。 中村ゆきつぐ医師によるアスリートの鉄剤注射 一番ダメなのは医師という記事です。
アスリートを守るために、正しいトレーニングを啓蒙しようとする陸連を支持します。被害者を出さないために指導者の教育も当然大切です。しかし繰り返しになりますがこのような治療を漫然と行なった医師が最低だと思います。だって医師である先生が許可したんだもの、医療を知らない指導者は普通従いますよ。
この医療者を正直公表すべきではとすら考えます。だって間違った医療(保険診療でおこなっていたなら法的に違反です)の被害者がいっぱいいるのですから。
中村ゆきつぐ医師は、鉄剤注射を希望する指導者より、その希望を受けてしまう医師をより強く断罪しています。
同じような意見としては、読売新聞の12月19日付の社説鉄剤注射 選手寿命を縮める有害行為だでも、
一時的に記録が向上しても、結果として選手寿命を縮める。その点に思いを巡らすべきだ。
指導者が自分の名声のために、選手を犠牲にしているのではないか。たとえ選手が望んでも、止めるのが指導者の役割である。陸連は使用制限を徹底してほしい。
依頼を引き受ける医師にも問題がある。貧血は食事や経口薬で治療が可能で、鉄剤注射は重度の貧血に限られる、と専門家は指摘する。医療行為は治療目的でなければならない。競技力向上を目的とした注射は論外である。
という論が書かれています。
一部では反発も?
有料記事なので見出しのみの引用となりますが、朝日新聞の記事では鉄剤注射禁止「納得していない」 高校駅伝監督、異論もというものもあります。
これは12月22日に行われた全国高校駅伝の監督会議を伝えるニュースにあわせて「現場の指導者の声」として「異論」の見出しになっていると思われ、会議に参加した監督についてはその場で各校の監督から質問や意見はなかった
とされています。
同じ会議のニュースであるNHKの鉄剤注射の原則禁止方針 高校駅伝監督会議で伝達 京都では、
会議に参加した監督の1人は「治療目的ではない鉄剤注射はやめなくてはいけないし、指導者のほうも動いていかないといけない」と話していました。
とあり、「異論」も少なからずはあるが、意見が半々に分かれるほどではない、と考えられそうです。
理想は食事や生活で改善
先に引用した「アスリートの貧血対処7か条」では、食事で適切に鉄分を摂取することを1番目に挙げています。
NPO法人 日本スポーツ栄養学会の理事、一般社団法人日本スポーツ栄養協会の理事長、そして神奈川県立保健福祉大学の教授である鈴木志保子氏が書いた基礎から学ぶ! スポーツ栄養学という本があるのですが、この本の第5章(161ページ)に、
サプリメントや鉄剤などで鉄を多量に摂取すると、血色素症になったり、マグネシウムや亜鉛が欠乏する。鉄の吸収率は、高くても20%程度。これは、鉄が多くあっても困ることを表している。サプリメントや鉄剤が必要な時は専門家の指導のもと、ほかの栄養素の妨げにならない量やタイミングで使用しよう。
と書かれてあり、同ページには表39として食品の鉄含量と鉄吸収率が示されています。
基礎から学ぶ! スポーツ栄養学 表39 食品の鉄含量と鉄吸収率 食品名 鉄含量(mg/100g) 吸収率(%) 植物性食品 米 0.5~3.0 0.9 ほうれん草 3~5 1.3 大豆 8~13 6.9 動物性食品 レバー 8~20 14.5 魚肉 0.4~1.0 8 獣肉 1.5~3.8 22.8 鶏卵 2.5~2.8 3 牛乳 0.1~0.3 2.8
鉄分を食品から補うと言えば、レバーはよく挙げられると思いますが、やはり鉄含量も吸収率も良好です。 しかし、レバーを毎日食べるというのはなかなか難しい面もあるので、この表中で次に良好な食品である大豆を毎日の食事に取り入れると良いかもしれません。 大豆そのものでなくても、きな粉で摂取する方法もあります(妊婦さん向けの鉄分補給レシピでも、よくきな粉が勧められていますよね)。
なお、日本食品標準成分表2015年版(七訂)の第2章 日本食品標準成分表 4 豆類を見ても分かるように、大豆に限らず豆類は鉄分の含有量が高い食品です。 豆腐は製造過程で鉄分が失われてしまうのか、そこまで鉄分の含有量は高くありませんが、豆類をなるべくそのまま使った料理であれば大丈夫かと思います。
しかし、こうした処方で一時的によくなっても、食事や生活リズムを変えない限り、本当の改善にはならないことを覚えておいてほしい。
鈴木教授は、同じページの中でこのように述べられています。 鉄剤注射が今後は安易に使われなくなる方向だとしても、鉄剤の内服や鉄サプリメントに頼るだけでなく、食生活の改善が望ましいと思います。
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